「経済的成果が…失われた」いうための要件を考える

1 問題の所在

  所得税法36条《収入金額》は
  収入すべき金額を
  各種所得の収入金額とする旨を規定し、
  
  所得税基本通達36-2以降で
  各種所得の収入すべき時期を定めています。

  所得計算の上で収入金額は、
  収入すべきことが法的に確定している時に計上するものと解されており、
  一般に「権利確定主義」と呼ばれています。
   

  他方、収入すべきことが法的に確定したものとして
  収入金額として計上した確定申告書を提出したものの
  提出後、その権利がなかったことが判明した場合にはどうなるのでしょうか。

  この問題を考えるためには、
   ① 現実の収入があった後に権利が消滅した場合と
   ② 現実の収入がある前に権利が消滅した場合
  とで分けて考える必要があります。

2 条文では

その場合の救済規定が
 ●国税通則法23条《更正の請求》
 ●所得税法152条《各種所得の金額に異動を生じた場合の更正の請求の特例》
です。

通則法23条の適用について
  横浜地裁昭和60年9月18日判決は
  以下のように述べています。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
通則法は,「国税についての基本的な事項及び共通的な事項」を
定め(同法1条)ているにすぎないから、
これを更正の請求についてみても、
税法の基本的な手続に関して定めているにとどまり、
課税の実体的要件・・・については、
所得税法(1条)、法人税法(1条)
などの各租税実体法がこれを定めているのであって、
通則法の関知するところではないから、

通則法23条1項1号に掲げる税額が過大であるという
実体的要件が満たされているか否かということについても、
右租税実体法の定めるところによるものと解さざるを得ない。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

これを、収入金額について考えるとみると
所得税法36条を反対解釈するのが自然だと思います。

つまり、収入すべき「でない」ことが法的に確定した場合に
収入金額から控除することが認められるという扱いです。

計上する際には現実の入金があったか否かは問わないのですから
計上を取り消す場合にも、現実の返金があったか否かは問わない
というのが一貫した取扱いだからです。

3 実際の取扱いは

  所得税法152条《各種所得の金額に異動を生じた場合の更正の請求の特例》
  を準用する同施行令274条《更正の請求の特例の対象となる事実》は

  該当する事実として
  以下を規定しています。
 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
  1号 計算の基礎となつた事実・・・により生じた
     経済的成果が・・・失われたこと。
 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 
  本来の条文はもう少し限定されているのですが
  議論の焦点を明確にするために
  ポイントとなる語句だけを引用しています。

  つまり、一旦計上した収入金額を
  マイナス修正するためには
  経済的成果が失われたことが必要であることを規定しているのです。

4 経済的成果…が失われたというためには

  収入金額を計上する根拠は収入する権利が確定したことですから、
  収入する権利が消滅した場合には
  経済的成果が失われたと評価してもよさそうです。

  この点については、
  ②現実の収入がある前に権利が消滅した場合には
  そのとおりです。

  しかし、
  ①現実の収入があった後に権利が消滅した場合には
  そうではありません。

  経済的成果が失われたというためには
  現実に返還したことが必要とされるのです。
  
  税務の理屈では
  裁判等によって返還義務が法的確定しても
  現実に返還がされるまでは
  納税者の手元に利得という経済的成果が残っていると考えるからです。
  管理可能性があるからとも言い換えることができます。
  
  これは私が審判所で担当した事案で直面した考え方で
  税務と法律との考え方の違いに
  衝撃を受けたことを覚えています。  

5 まとめると

 税務は、収入金額について、
   計上は  権利確定主義
   取消しは 管理可能性の有無
 によっているという整理になるでしょうか。

6 最近の裁判では
 

 経済的成果が失われてているといえるかが争点となった法人税の事案について
 最高裁の判決が令和2年7月2日にありました。

 https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=90094

 法人税の事案なので
 そのまま所得税に適用できるものではないのですが
 経済的成果の考え方は参考になります。

 舞台は破産した消費者金融会社です。

 過去の利息が過大計上になっていたことにより
 納めすぎていた税金を
 顧客への過払金の原資とするために行った
 更正の請求において
  
 返還義務が確定していれば
 顧客に過払金返還前だったとしても
 経済的成果が失われているといえるか
 が問題となりました。  
  
 大阪高裁昭和30年10月19日判決は
 顧客救済の観点から
 経済的成果が失われたと同視できるとして
 これを認めたので

 最高裁の判断が注目されていたのですが
 最高裁は経済的成果の問題には触れずに
 高裁の判断を否定しました。

 この事案では、争点が2つあり
 経済的成果は2番目の争点だったので
 1番目の争点を否定すれば
 2番目の争点を判断する必要はない事案だったので
 最近の最高裁が経済的成果について
 どのような判断を下すのか
 非常に興味があるところです。

以上