裁判官は裁決事例を調査しない

 裁判官は裁決事例を読んでいない?

『審判所に来て驚いたことのひとつが、
審判所の裁決が税理士業界では裁判例と同等に扱われていることだった。』

国税不服審判所所長を務めた方のある非公式な場での発言です。

裁判官時代に多くの税務訴訟に携わった経験をお持ちの方でしたが、その方曰く、

担当事件の裁判において、先例として裁判例は調べていたが、
裁決例は調べていなかった。

特に、裁判長になってからは、参考資料として裁決例が添付されても
読んでいなかった

とも仰っていました。

もちろん、積極的に読まなかったというのでなく、
他に読むべき資料が多く
参考裁決例まで手が回らなかったから、
と仰っていましたが、
裁判官にとっては、
過去の裁決例は裁判例に比べると参考資料としての優先度が低い、
ということなのでしょう。

 審判所の存在意義

確かに、審判所の職員の大半を占める
国税プロパー方々は
税務のプロであることは間違いないですが
事実認定、認定した事実の評価、当てはめ
といった訓練は受けていません。

また、任期付職員の半分は税理士や会計士であり
法律解釈のプロではないという点で
プロパーと変わらりません。

さらに、弁護士は依頼者の利益の最大化という基準で行動するため
主張書面においては不利な証拠については言及しないなど
一方的な立場からの起案を行ってきたので
判決のように中立的な立場からの文章が書けるかというと
意識の切換えが必要となります。

このように中立的な法律文書を生業としてこなかった人達が集まって
起案した議決や裁決が
法律解釈のプロである裁判官が起案する判決のレベルの議決又は裁決が起案できるか、というと
出来ません、と回答するほかはないでしょう。

ですので、
審判所のメンバーは真摯に審理していることは間違いないとしても
アウトプットである議決や裁決は判決のレベルには達していないので
審判所の審理は、自戒を込めて言えば、裁判ごっごなんだと思っています。

だからといって、審判所が不要だとは全く思いません。
なぜなら
① 税務の専門性
② 訴訟経済
③ 任期付職員の採用
という点で、一定の利点があるからです。

① 税務の特殊性

税務に携わってている人とそううでない人との
情報格差には著しいものがありますが

税務に携わっている人の中でも
わゆる系統間の壁にも著しいものがあります。
すなわち、税法ごとの専門性から、国税内部では、
申告所得税、源泉所得税、法人税、資産税(相続・譲渡)
のように系統が分かれているおり
系統間の異動は少ないことからすると
他の系統については門外漢というプロパー職員が少なくないです。

そのため、審判官を補佐する審査官については
全ての系統出身者がバランスよく配属されていますし

法規・審査(議決→裁決へのプロセスをチェックする部門)は
系統ごとにグループ化されており
処分の税目に応じて
法規・審査の担当が決められます。

税の分化・専門化が進んでいる以上
訴訟前の前裁きとして
審判所を通過させることに意味があると思います。

② 訴訟経済

再調査請求を経ずに審査請求ができる
所謂直審制になってから、再調査請求を経ずに
審査請求がなされる割合が増えました。

その結果、事実関係や当事者の主張が生煮えのまま
審査請求がなされている割合も増加し
審判所での主張整理に係る手間が増加しました。

仮に、審判所がなくなると裁判所がその作業を担うことになりますから
今以上に判決までの期間が長期化することは間違いありません。

まして、税務に通じた裁判官や弁護士がそう多くはないので
一般的な事件に比べて、処分→訴訟となると
余計に裁判所の審理に時間がかかってしまいます。

また、課税処分取消しという結果となると
審理期間が長ければ長くなるほど
還付加算金が増額するので
結果的に、国庫から支出が増えてしまうことになります。

③ 個人的な理由
2020年9月4日のコラムにも書きましたが
私が審判所に任官したのは
民間では年齢的に難しくなっていた
税務実務を経験するためでした。

審判所を経験したからといって
申告書が書けるようにはなれないので
税理士業務がこなせるようにはなりませんが

税法の趣旨や課税庁の考え方に触れることができるので
弁護士業務を行っているときに
あれ、これ税務リスクがあるのではないか?
といった鼻が利くようにはなります。

また、審判所のコラムにも書きましたが
https://www.kfs.go.jp/shinpankan_info/column/pdf/column11.pdf
審判所の貸与PCはネットに繋がっていないので
審査請求人とメール連絡はできず
緊急のメールもほとんどないので
事務連絡に忙殺されることもなく
じっくり事件を検討できる審判所で過ごした期間は
私にとって国内留学をしているかのような時間でした。

議決書が起案できる人として弁護士が欲しい審判所と
税務実務を経験したい弁護士という
ウィンウィンの需給関係がある以上
任期付という制度はなくして欲しくありません。

以上