再調査の請求を経るべきか(2)

再調査の請求を行う意義を考えさせる事案に触れる機会があったので
2020年8月21日のコラムに引き続き
再調査の請求について考えてみたいと思います。

その事案とは、過大役員退職給与が問題となった
東京地裁令和2年2月19日判決、所謂Jファーム事件です。

判例データベースにも雑誌にも判決文が掲載されておらず、
裁決も非公表なので、事案について詳細がお知りになりたいか方は、
税務通信3617号(令和2年8月17日号)の28から32頁をお読みいただくか、
税理士の方はTAINSで平成28年6月27日の裁決を検索して
是非とも原典に当たってください。

課税処分と不服申立ては以下の時系列で行われました。
 H26/3月末までにH25年分を申告(法人税法第75条の2に基づく延長)
 H27/3/17 最初の課税処分
 H27/3/25 最初の課税処分に対する異議申立て
 H27/6/2  異議決定
 H27/6/29 2回目の課税処分

注意すべきなのは、最初の課税処分では、
役員退職給与は問題にされていないことです。
つまり、役員退職給与を理由とする処分が行われたのは
2回目の課税処分だったということです。

この点について、裁決では以下のように記載されています。
『●は、・・・、■と合同で調査(以下「本件再調査」という。)を行わせた上、
平成27年6月29日付で、本件役員退職給与について、・・・、処分をした。』

つまり、役員退職給与について再調査を行った上で
役員退職給与を理由とする2回目の課税処分が行われたのです。

最初の課税処分において、
役員退職給与が問題にされなかった理由はわかりません。
前述の税務通信での税理士の発言のとおり、
免税となる仮装取引が巨額だったことから、
役員退職給与はスルーしただけかもしれませんしし、
役員退職給与を更正するには証拠が足りなかったからかもしれません。

この点、審判所は争点4として再調査の適法性を検討しおり、
それによると、以下の事実が認定しています。
 ①本件当初調査は、平成26年12月9日に、…終了したこと
 ②その後、●は、役員退職給与の同業類似法人の選定の基準を定め、
  同基準に基づき抽出し把握した
  本件同業類似法人に関する情報に基づき、
  本件同業類似法人の平均功績倍率を算定したこと
 ③●は、算定した平均功績倍率に照らせば、本件当初調査で把握した
  本件役員退職給与には損金の額に算入されない金額があると認めて
  ■と合同で本件再調査を行った

それを受けて、審判所は以下の判断をしています。
  以上の事実経過に照らせば、
  ●は、本件当初調査が終了した後に
  本件同業類似法人の平均功績倍率を把握し、それに照らして、
  請求人に非違があると認めたことになるから、
  通則法第74条の11第6項に規定する
 「新たに得られた情報に照らし非違があると認めるとき」に該当する

上記の事実②を前提とすると、最初の調査の段階では
同業類似法人の平均功績倍率を算定していなかったことになりますから
役員退職給与を更正するのに十分な証拠を集めていなかった
というのが実態と思われます。

そうだとすると、本件の納税者は、
異議申立てをしたことによって、税務署側に
役員退職給与の補完調査の機会を与えてしまった
といえるのではないでしょうか。

改正後の国税通則法において、いったん終了した調査を再開できるのは、
 ①再調査の請求があった場合
 ②「新たに得られた情報に照らし非違がある」場合
に限られています。
しかも、現在の国税通則法は調査終了時の手続を細かく規定しており、
調査結果の内容を説明することが求めるとともに、
納税者への書面交付も認めています
ちなみに、担当した審査請求の事案において
税務署の職員が交付した税務調査結果の要旨を記載した書面を
実際に見たこともあります。

このように、改正後の国税通則法は、
調査終了時の手続きを細かく規定するとともに
再調査ができる場面を限定していることからすると
原処分の調査が粗く、証拠が十分に入手できていない
と思料される事案において
「新たに得られた情報に照らし非違がある」ことを理由に
税務署が再調査を開始することは
原処分時の調査が十分ではなかったことを認めるに等しく
それなりにハードルが高いと思われます。

逆にいうと、
納税者が、そのような事案の再調査の請求をすることは、みすみす税務署に
補完調査の機会を与えてしまうことになりかねないのではないでしょうか。
そうすると、
2020年8月21日のコラムで記載したとおり、
原処分の調査が粗く、証拠が十分に入手できていないと
思料される事案の場合、再調査の請求をせずに、
ダイレクトに審査請求をすることを検討しても良いと思います。

もちろん、審査請求には新たな処分を禁ずる効力はなく、
税務署が既に入手済みの証拠に基づいて
新たな処分を行うことは可能ですから、

納税者が再調査請求を経由せずに審査請求をしたからといって、
別の理由による処分がなされる可能性は残ります。
また、審査請求には再調査を禁ずる効力もないので、
審査請求の審理中に再調査がなされる可能性もゼロではありません。

しかし、再調査請求を経由せずに審査請求がされた課税処分について、
「新たに得られた情報に照らし非違がある」ことを理由に
再調査を行う場面は少ないと思います。
というのも、
審査請求中であっても
「新たに得られた情報に照らし非違がある」場合には
法律上、再調査を行うことが可能であり、
原処分での証拠収集が十分でない事案において、
審判所が職権で収集した証拠の写しは
税務署の「新たに得られた情報に照らし非違がある」場合に
該当すると思われますが、
私の経験上、実際に再調査が行われた事例はないからです。

「新たに得られた情報に照らし非違がある」の解釈については
法令解釈通達第4章 法74条の9~法74条の11関係の6-7が
言及していますが、範囲が広すぎる感は否めません。

結局、限界がどこにあるのかについては
裁判例の集積を待つしかなく
私の少ない経験談だけでは根拠が乏しいので
今後も継続してウォッチしていきたい問題です。

なお、2020年8月21日のコラムで言及した事案の問題は
「新たに得られた情報に照らし非違がある」の解釈ではなく
再調査で新たに得られた証拠の取扱いに関することなので
別のコラムで取り上げたいと思います。

以上