税務署は会社法を意識しているか?

2020年12月10日と12月17日のコラムでは民法に言及しましたが
今回は会社法は意識していないことを感じた事案をご紹介します。

 事案の概要

ワンマン役員の会社に対する貸付金の利息が
役員の一時所得の収入金額に計上されていないとして、
当該役員の死亡後、
税務署長が当該役員の相続人に対して更正処分がしたところ、
納税者は、これを不服として、再調査請求を経て、審査請求をしました。

 前提となる事実

・会社は取締役会設置会社であった。
・役員の会社に金員を貸し付けたものの、
返済期日や利率等を取り決めた書面は残っておらず、
当該貸付けについても、当該貸付けに係る利息についても、
会社は会社法第365条に規定する承認はしていなかった。
・会社から役員に対して、毎年、貸付金元金の数%に相当する金員が
振込み又は現金で支払われており、
会社は当該金員を支払った日の属する事業年度の支払利息として経理処理をしていた。
・税務署長は、利息とし支払われた当該金員について
支払われた日が属する暦年の収入金額に計上されていないなどとして、
当該役員の死亡後、当該役員の相続人らに対して、更正処分を行った。

 問題の所在

以上の事実を前提とした場合、
貸付金と利息は法律上、有効でしょうか。
また、法的効力を前提として、
税務処分はどのようにすべきだったでしょうか。

 法律上の効力

 有効か否か議論するためには、会社法の以下の条文を意識しなければなりません。
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 第356条《競業及び利益相反取引の制限》
取締役は、次に掲げる場合には、株主総会において、
当該取引につき重要な事実を開示し、その承認を受けなければならない。
第1号 取締役が自己又は第三者のために株式会社の事業の部類に属する取引をしようとするとき。
第2号 取締役が自己又は第三者のために株式会社と取引をしようとするとき。
第3号 株式会社が取締役の債務を保証することその他取締役以外の者との間において
株式会社と当該取締役との利益が相反する取引をしようとするとき。

第365条《競業及び取締役会設置会社との取引等の制限》
第1項  取締役会設置会社における第356条の規定の適用については、
同条第一項中「株主総会」とあるのは、「取締役会」とする。
第2項  取締役会設置会社においては、第356条第1項各号の取引をした取締役は、
当該取引後、遅滞なく、当該取引についての重要な事実を取締役会に報告しなければならない。

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これを前提とすると、貸付金についても、利息についても、
取締役会の承認を得ていないのですから、いずれも無効ということになりそうです。

 しかし、解答としては
 ■貸付金(金銭消費貸借契約)=有効
 ■利息(利息契約)=無効
となります。

実務上、元金の貸し借りと利息に関する取り決めを
一通の契約書で済ませてしまうためわかりにくいのですが、

元金の貸し借りに係る契約と利息に係る契約は別個の契約なので、
契約の有効性を議論するときは、両者を分けて考えなければなりません。
この点は、賃貸借契約と敷金契約は別個の契約であることと似ているかもしれません。

次に、貸付金(金銭消費貸借契約)が有効である理由は、
本件では、役員の経済的負担において会社が金員を得ており、
会社には不利益が生じないからです。

会社と役員の取引について取締役会の承認を要請される理由は、
会社の犠牲において、役員が経済的利益を得ることを防ぐためですから、
役員→会社への貸付けについては、承認を要請する前提が働かないのです。
したがって、役員→会社への金員の移動は、期限の定めないでした貸付けとして有効ということになります。
 

逆に利息(利息契約)が無効である理由は、
会社の経済的犠牲において役員が経済的利益を得る場合であり、
まさに会社と役員の取引について取締役会の承認を要請される場面であることに加え、
会社と役員だけの取引であって第三者が絡んでいないので、
これを無効としても、第三者が予期せぬ不利益が生じないからです。
 
以上をまとめると、以下のようになります。
■会社→役員への貸付け
 元金は承認必要 → 承認なき金銭消費貸借契約は無効
 利息は承認必要 → 承認なき利息契約は無効
■役員→会社への貸付
 元金は承認不要 → 承認なき金銭消費貸借契約は有効
 利息は承認必要 → 承認なき利息契約は無効

 税務上の取扱いは

それでは、「利息とし支払われた当該金員が支払われた日が
属する暦年の所得に計上されていない」という
更正通知書の理由は正しいのでしょうか。

受取利息であるならば、権利義務確定主義が適用される以上、
金員の支払いに関係なく、
支払期日が属する暦年の収入金額として計上しなければなりません。
逆に、金員の支払いがなかった場合には、
当該金員は利息としては無効なのですから、
支払期日が属する暦年の収入金額として更正することはできないことになります。

これを本件についてみると、
毎年、金員の支払いがあり、これが役員から会社に返還された事実を
認めるに足りる証拠はありませんでした。
そうすると、利息としては無効であっても、
経済的利益が役員側に残っていると評価できるので、
これを各年の収入金額として更正することは可能ということになります。
結果的には、冒頭の処分は適法ということになります。

しかし、処分をした税務署も、これをとりまとめる国税局審理課も、
会社法第356条や第365条を全く意識していなかったので、
この事案を通じて、課税庁は、民法以上に会社法に対する理解が欠けていることを実感しました。

ちなみに、本件で、利息について取締役会の承認が得られていた場合、
利息契約を有効として取り扱わざるを得ないのですが、
利払いが前払いなのか、後払いなのかが不明なので
(当事者が亡くなっているので確かめることもできない。)、
権利確定主義を適用して各年に計上すべき収入金額を計算することが出来ない事案でした。
したがって、「金員が支払われた日が属する暦年の収入金額に計上されていない」
という理由ではダメで、結果的に更正金額も誤っていた可能性があったことからすると、
利息契約が無効で助かった事案といえるでしょう。

 その他

会社法がらみで他に注意した方が良い条文は、128条でしょう。

第128条《株券発行会社の株式の譲渡》 
第1項 株券発行会社の株式の譲渡は、
当該株式に係る株券を交付しなければ、その効力を生じない。
ただし、自己株式の処分による株式の譲渡については、この限りでない。

会社法施行以降に設立した株式会社は、
株券不発行が原則なので問題にならないのに対し、
会社法施行前に設立した株式会社は、株券を発行することが原則でした。

もっとも、株券を発行していない会社が大半だったものの
株券発行会社を対象とする株式譲渡が有効であるというためには、
株券交付をしなければならないことが条文上明確にされているので、
株式譲渡が絡む事案では、この条文の適用があるかないかの確認は必須でしょう。

以上