審判所は民法を理解しているか?

2020年12月10日のコラムでは、国税局の職員が民法を理解していないのではないか
を思わさせるエピソードをご紹介しましたが
今回は審判所が民法を理解していないのではないかを思わせる事案をご紹介します。

 事実経過

H12/12/28 子Aの金融機関からの借入金を親が子Aに代わって弁済
H16/5/28 親による公正証書遺言。
     内容は①子Aには相続させない旨&②第三者弁済によって
     取得した原債権(子の金融機関からの借入金)
     を別の子Bに相続させる旨
H23/8/2 親死亡
H24/10/5 別の子Bが、子Aに対して、原債権の支払いを求めて横浜地裁に提訴
H25/5/24 請求棄却(その後確定)。理由は原債権の消滅時効が完成しているため。
H26/3/17 子Aが平成25年分の所得税確定申告書を提出
H27/6/30 藤沢税務署長が子Aに対して、原債権の消滅は所得税法34条に規定する
      一時所得に当たるとして更正処分等を行う。
H27/11/27 藤沢税務署長が子AのH27/8/27付異議申立てを棄却
H28/10/3 国税不服審判所が子AのH27/12/27付審査請求を棄却
     (TAINS F0-1-682)
H30/9/25 東京地裁は更正処分等を取り消し、その後確定

 審判所の判断は

本件貸金債権は存在し、また、
課税上時効の効果は私法上の遡及効(民法第144条)にかかわらず
遡及しないものと解されるところ、
請求人は、本件貸金債権に係る債務について、
平成25年に時効による債務消滅に係る経済的利益を享受したものと認められる。

 裁判所の判断は

本件貸金債権は,親と子Aとの間の金銭消費貸借契約によって生じる債権であり、
第三者弁済をした者が取得し得る債務者に対する求償権
(保証人が主たる債務者に代わって弁済した場合の求償権として、民法459条、462条)
とは発生原因を異にする別個の債権であることが明らかである。
それゆえ,仮に親が本件支払をしたことにより子Aに対して
2億円の求償権(本件求償権)を取得していたとしても、
本件貸金債権と本件求償権とは別個の債権であり、
前者を行使したことから当然に後者を行使したことになるという関係にあるわけでもない。
・・・仮に親が本件支払により本件求償権等を取得し、
子Bがこれを相続していたとしても、
本件時効援用の意思表示によって本件求償権等が消滅したものとは認められないから、
子Aが本件求償権等の消滅によって2億円の経済的利益を
享受したものとは認められない。

 判断が分かれたのは

判決を理解するためには、最高裁昭和61年2月20日判決を理解する必要があるので、
少し長いですが、引用します。

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弁済による代位の制度は、
代位弁済者の債務者に対する求償権を確保することを目的として、
弁済によって消滅するはずの債権者の債務者に対する債権(以下「原債権」という。)
及びその担保権を代位弁済者に移転させ、
代位弁済者がその求償権を有する限度で右の原債権及び
その担保権を行使することを認めるものである。

それゆえ、代位弁済者が代位取得した原債権と求償権とは、
元本額、弁済期、利息・遅延損害金の有無・割合を異にすることにより
総債権額が各別に変動し、債権としての性質に差違があることにより
別個に消滅時効にかかるなど、別異の債権ではあるが、
代位弁済者に移転した原債権及びその担保権は、
求償権を確保することを目的として存在する附従的な性質を有し、
求償権が消滅したときはこれによって当然に消滅し、
その行使は求償権の存する限度によって制約されるなど、
求償権の存在、その債権額と離れ、これと独立してその行使が認められるものではない。
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この点について
民法は以下のように規定しています。
なお、この事案には改正前の民法が適用されますが
改正後の民法の方が分かりやすいので
以下では改正後の民法を引用しています。

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民法473条第1項 債務者が債権者に対して債務の弁済をしたときは、その債権は、消滅する。
民法474条第1項 債務の弁済は、第三者もすることができる。
民法499条    債務者のために弁済をした者は、債権者に代位する。
民法501第1項  前2条の規定により債権者に代位した者は、債権の効力及び担保として
        その債権者が有していた一切の権利を行使することができる。
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これらの条文は、債務者による弁済によって債務は消滅するのに対し、
第三者が弁済しても債務は消滅せず、第三者が新たな債権者として、
権利行使できることを規定しています。

つまり、親が子Aに代わって金融機関に支払っても
子Aの借入金は消滅しないことを規定しています。

親が子Aに代わって借入金の返済として金融機関に支払うことによって、
親の子Aに対する立替金という求償権が発生すると同時に、
金融機関からの子Aに対する貸付金と担保権が親に移転したにすぎないのです。

そうすると、「代位弁済者が代位取得した原債権と求償権とは、・・・、
債権としての性質に差違があることにより別個に消滅時効にかかる」以上、
金融機関からの子Aに対する貸付金が時効によって消滅しても、
親の子Aに対す求償権は消滅しないことになります。
なお、子Aは公正証書遺言によって相続分がゼロであり、
遺留分侵害請求に関する記述がないので、
子Aに対する求償権が混同によって消滅することもなかったと思われます。

民法で勝負が決まる本件のような事案こそ、
裁判所や検察庁から派遣を受けている法規・審査担当の審判官や、
弁護士出身の合議体メンバーがストップをかけて
審判所で取り消しておくべき事案であり
本件は正にそのような事案だったと思います。

国が控訴せず、地裁判決で確定したのも、
最高裁昭和61年2月20日判決を踏まえると
国が勝ち目はないと判断したからでしょう。

ちなみに、この判決はご紹介した租税判例研究会の
題材となっているので(2020年10月8日 のコラム参照)
いずれ、ジュリストで紹介されるかもしれません。
https://wada-lawcpatax.com/%e7%a7%9f%e7%a8%8e%e5%88%a4%e4%be%8b%e7%a0%94%e7%a9%b6%e4%bc%9a/

以上