遺留分侵害額請求における課税リスク

はじめに

令和1(2019)年7月1日から改正相続法が施行されてから
約1年半が経過したこともあり、
改正相続法が適用される相談が増えてきました。

弁護士は、民法の改正には目配せできているのに対し
税法にはもともと苦手意識があるせいか
相続法改正に伴って
どのように相続税法が変ったかについては
関心を持っている方は多くないように思います。

改正相続法が適用される相続事件において
相続税法への目配せが足りなかったばかりに
弁護過誤が起きてしまうのではと懸念している点がありますので
今回のコラムで言及します。

遺留分侵害額請求と遺留分減殺請求は税務上の取扱いが異なります

相続法の改正により、遺留分減殺請求権から遺留分侵害額請求権という
名称が変わっただけでなく、金銭債権に変わったことはご案内のとおりです。
その結果、相続税法第32条《更正の請求》第3号は以下のように変わりました。
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改正前:遺留分による減殺の請求に基づき返還すべき、又は弁償すべき額が確定したこと
改正後:遺留分侵害額の請求に基づき支払うべき金銭の額が確定したこと 
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つまり、
改正前であれば、義務者は現物財産を交付したときには更正の請求が出来たのに対し
改正後は、現物財産を交付した場合には更正の請求が出来なくなりました。

では、義務者が遺留分侵害額請求の履行として、金銭ではなく
現物財産を交付した場合の課税はどうなるのでしょうか。

税法では代物弁済は譲渡として取り扱われるので
義務者に対する譲渡所得課税が問題となります。

このことを規定しているのが所得税基本通達33‐1-6
《遺留分侵害額の請求に基づく金銭の支払に代えて行う資産の移転》です。
 https://www.nta.go.jp/law/tsutatsu/kihon/shotoku/04/07.htm
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民法第1046条第1項《遺留分侵害額の請求》の規定
による遺留分侵害額に相当する金銭の支払請求があった場合において、
金銭の支払に代えて、その債務の全部又は一部の履行として資産
(当該遺留分侵害額に相当する金銭の支払請求の基因となった
遺贈又は贈与により取得したものを含む。)の移転があったときは、

その履行をした者は、原則として、その履行があった時において
その履行により消滅した債務の額に相当する価額により当該資産を譲渡したこととなる。
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懸念していること

遺留分が裁判で問題になる場合
和解で終了することが多いと思いますが
義務者にお金がないからといって
金銭ではなく財産を交付して遺留分の問題を解決しようとすると

後になって義務者に譲渡所得が課される結果
義務者代理人を務めた弁護士の責任が問われることになるからです。

財産分与で現物財産を交付した場合を規定した
所得税基本通達33-1の4《財産分与による資産の移転》と同じ取り扱いなので
税法の立場は一貫しています。

しかも、現物財産による財産分与には譲渡所得が課税されることは
最判昭和50年5月27日(民集29巻5号641頁)で確定しているので

義務者の税負担を考慮せずに
遺留分案件を現物財産を交付する内容で和解した弁護士には
過失があると評価される可能性が高いのではないでしょうか。

以上