【非公開裁決 令和3年4月22日】母の生前に子が無断で出金、母が子に有していた請求権は相続税の課税財産

税のしるべ電子版(2022年06月29日)に
標記の裁決の紹介がありました。

事案の概要

被相続人(母)の生前に同人の子である審査請求人が
同人名義の口座から無断で出金していたことにつき

原処分庁が
これに起因する不当利得返還請求権は同人の遺産である
などとして相続税の更正処分等を行ったのに対し

請求人が
出金をした事実はないとして処分の取消しを求めていた事案で

国税不服審判所は
請求人が被相続人の口座から金員を出金し
いずれかの場所に移されていることなどがうかがわれ
贈与等の事実も認められないと認定。

その請求権は被相続人の相続財産に含まれると認められる
などとして
処分は適法だったと判断した。

混同

興味深いのは
親の子に対する債権は
親の相続財産に含まれる
という判断です。

というのも
民法520条は
1個の債権について
その債権者としての地位と
債務者としての地位とが
同一人に帰属することを
混同として
その債権は消滅する旨を規定しているからです。

つまり
親が亡くなり子が相続人として
親の債権を相続するとき
親の子に対する債権は
混同として消滅する以上
相続財産にならないのではないか
が問題になるからです。

裁決では

請求人が混同による消滅を主張しなかったからか
混同について何も言及していません。

過去の裁判例をみると

相続税の課税が問題となった事案のうち
混同について判断している裁判例が複数ありましたが
詳細に検討していた
東京地裁平成23年5月17日判決をご紹介します。

TAINS Z261-11688

https://app6.tains.org/search/detail/43279#!%7B%22facets%22%3A%5B%5D%2C%22keyword%22%3A%22%E6%B7%B7%E5%90%8C%22%2C%22search%22%3A%22c%22%2C%22taxKbns%22%3A%5B%223%22%5D%2C%22byKeywordsOnly%22%3Afalse%2C%22includesFacets%22%3Atrue%2C%22includesTotalCount%22%3Atrue%2C%22isNewWindow%22%3Atrue%7D

税務訴訟資料 第261号-98(順号11688)

まず、・・・相続財産である金銭債権を
相続した共同相続人の中に混同を生じる者がいる場合においては

① 相続の開始により、当該金銭債権が法律上当然に分割された上
 各共同相続人に相続分に応じて承継されるが
② その結果、当該金銭債権の債権者としての地位と
 債務者としての地位を有するに至った者については
 その承継に係る部分が直ちに混同(民法520条)により消滅し
 その反射的効果として
 その者にその承継に係る部分に相当する債務の減少という利益
 (以下「混同による債務減少利益」という。)
 がもたらされることになる。

このように、上記の場合においても
上記①のとおり
その者が相続の開始により
当該金銭債権のうち混同が生じる部分を承継取得することを当然の前提としており

上記②の時点における「混同」は
上記・・・の趣旨から
法律上の便宜的な処理として
認められたものにすぎないということができる。

そうであるとすれば
当該金銭債権のうち混同が生じる部分についても
相続の開始により、共同相続人の1人に承継取得される以上
相続税法2条1項及び11条の2第1項にいう
「相続・・・により取得した財産」に該当するというべきであり

これがその取得と同時に混同により消滅したことをもって
その該当性を否定することはできないと解すべきである
(このことは
 当該金銭債権が第三者の権利の目的となっていて
 混同により消滅しない場合があることを考えれば明らかである。)。

これを「財産」の価額及び担税能力の見地から見ても

〈a〉 ここで相続により取得した財産は金銭債権であり
 原則としてその債権額がその価額になるところ
 混同により消滅するものについても
 現実には、上記②のとおり
 当該金銭債権の債務者としての地位を有していて
 
 相続により債権者としての地位をも有するに至った相続人については
 混同による債務減少利益がもたらされており
 これは、いわば相続の開始により相続人に帰属した金銭債権に代わるものといえるし

〈b〉 当該金銭債権の債務者としての地位を有していた相続人にとっては
 混同による債務減少利益という担税能力の増加が見られるのであり
 相続税法2条1項及び11条の2第1項にいう「財産」は
 金銭に見積もることができる経済的価値のあるものの全てをいうと解されることからすると
 混同による債務減少利益自体が
 「相続により取得した財産」(同法2条1項、11条の2第1項)に該当するとみることもできる
 (相続税法8条及び9条は
 対価を支払わないで債務の免除等による利益を受けるなどした場合は
 当該利益を贈与又は相続によって取得したものみなして
 贈与税又は相続税の課税対象としており
 上記のように解することが同法の目的・趣旨に反するとはいえないし

 他方、混同による債務減少益が
 債務の免除等による利益とは異なり、
 ・・・いわば相続の開始により
 相続人に帰属した金銭債権に代わるものであることをも併せ考慮すれば
 同法2条1項及び11条の2第1項の文言(相続・・・により取得した財産)
 に反するともいえない。)。

 こうした点からしても、前記の解釈を不当ということはできない。

なお
混同による債務減少利益は当該金銭債権のうち
上記の者に承継された部分に係る債務が消滅するのと同時に
確定的に生じるものであることに照らすと

混同による債務減少利益の「価額」は
混同により消滅した当該部分に係る債務の返済されるべき金額
(当該債務の遅延損害金債務がある場合には
課税時期現在の既経過遅延損害金として支払を受けるべき金額も含む。)
であるというべきであるから〔相続税法22条、…〕

「相続により取得した財産」を
当該金銭債権とみるにせよ
その代替物としての債務減少利益とみるにせよ

本件相続の開始時点において
その回収が不能であり
その時価評価が零であるなどの理由から
相続税の課税対象にならないということはできない。

コメント

非常に長い判断ですが
要は

①混同によって債務が消滅する
②混同の反射的効果として生じた
 債務の減少という利益が
「相続…により取得した財産」(相続税法11条の21項)
 に当たる

のだから相続財産に含まれる
という理屈です。

この理屈は
財産分与や遺留分における
下記コラムと同じ論理です。

このロジックで疑問なのは
【1】相殺の場合どうするのか
【2】仕訳で考えているのか
ということです。

相殺(民法505条以下)は
債権と債務を対当額で消滅させる意思表示ですから
相殺によって生じた債務の減少も課税になりそうです。

しかし
債務を犠牲にして
債務を弁済している点で
現金で弁済した場合と
経済的には何も変わりません。

まあ一度債権を売却して
その売却資金で債務を弁済した
という整理をすれば
譲渡所得を構成するということになるでしょうか。

それでも混同も相殺も仕訳は
【借】債務【貸】債権
であり

債務減少という利益と
債権減少という損失(経済的犠牲)

が同時に発生しますから

相続による混同はタナぼたなのに対し
財産分与や相殺による債務消滅は
いずれも自己の犠牲が発生している点で
経済的には異なるので

同じ取り扱いで良いか
は疑問に思っています。

以上